無料小説 ショコラと遠吠え

赤橋(しばらぶ)の小説置場

夢を見る 3

 

 この日も私は灰色の部屋に入っていきました。

 

「おはようございます」

 

 朝にもかかわらず薄暗い室内。

 始業時間になるまでは節電のために電気は点けてはいけないのだそうです。

 社内情報の漏えい防止のためにブラインドも常に閉められています。

 私は薄暗い室内を歩き、隅の方にある自分のデスクに向かいます。

 斜め向かいの席は同期の秋本さんが既に来ていました。

 「おはよう」と声をかけると、彼女はなにやら熱心に本を読んでいました。

 

「おはよー」

 

 本から顔を上げ、私に挨拶を返した彼女はなんだか疲れた顔をしていました。

 

「何の本?」

 

 彼女が読んでいる本が気になり、聞いてみると「旅行の本」と言って表紙を見せてくれました。

 その本の表紙には「熱海の歩き方」と書いてありました。

 

「熱海行くの?」

 

 何気なく聞いてみると、彼女は「その言葉を待っていた」と言わんばかりに笑顔になってこういいました。

 

「一緒に行かない?」

「うぇ?」

 

 彼女とはそこまで仲が良いと思っていなかったので、思わず変な声が出てしまいました。そんな私に構わず彼女はさらに問いかけます。

 

「熱海、行ったことある?」

「ううん」

「小さい頃に行ったことあるんだけど、いいとこだよ。温泉があってね、眺めも良くて、ほら、こんな感じ」

 

 そう言って彼女は私に本の中の写真を見せてきた。

 本の中には砂浜の広がる海と、旅館が立ち並ぶ風景が広がっていた。

 

「きれいだね」

「うん。たまにはさ、こういうところでのんびりして、ストレス解消するのもいいと思って」

「そうだね」

 

 そんなことを言っていると、もう一人の同期の家田くんが来たようです。

 

「家田君、おはよー」

 

 秋本さんに「おはよう」と簡単に返した家田君は頭に寝癖がついています。

 

「頭、寝癖ついてるよ」

 

 秋本さんがそういうと、家田君は自分で後頭部を触っては「うわっ、これはいかん」と言って一生懸命髪を撫でつけていました。

 

「家田君も熱海行かない?」

「あたみ?あたみってどこだっけ?」

「静岡県だよ」

「静岡か、俺も行っていいの?」

「たまには息抜きでもしに行こうよって。せっかくだし、みんなで行った方が楽しいでしょ」

 

 正直私はあまり家田君のことが得意ではありませんでした。

 彼の何ものにも怖じない性格が、うらやましいというか、眩しいというか、自分には敵わないんだと感じさせられてしまうのです。

 行くなら秋本さんと二人で、と思ったが、彼女が誘ってしまった以上、やっぱりというわけにもいかなくなってしまいました。

 

「じゃあ私、ホテルとか探してみるね」

「うん」

 

 そうして私たちは旅行に行くことになりました。

 

 

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